最高裁判所第三小法廷 平成8年(オ)255号 判決 1997年7月01日
上告人
佐藤和弘
外一九名
右二〇名訴訟代理人弁護士
芝原明夫
水田利裕
金髙好伸
被上告人
株式会社パインヒルズゴルフ
右代表者代表取締役
森下安道
右訴訟代理人弁護士
松本義信
主文
原判決中上告人らの請求に関する部分を破棄し、右部分についての被上告人の控訴を棄却する。
前項の部分に係る控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人芝原明夫、同水田利裕、同金髙好信の上告理由第三及び第四について
一 本件は、大日本ゴルフ観光株式会社の経営するゴルフ場「阪神カントリークラブ」(現在の名称は「パインヒルズゴルフ」。以下「本件ゴルフ場」という。)の会員たる地位を取得した上告人ら(ただし、上告人山本美香については、その被承継人である亡鈴木邦夫のことをいう。以下同様とする。)が、本件ゴルフ場の営業を譲り受け会員に対する権利義務を承継した被上告人に対し、本件ゴルフ場の会員資格を有することの確認を求める事案である。被上告人は、上告人らは、本件会員資格のうち預託金返還請求権及び会員権譲渡権を有するが、本件ゴルフ場施設の優先的優待的利用権については、事情変更の原則又は権利濫用の法理の適用により、これを有しないと主張している。
二 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 大日本ゴルフ観光は、本件ゴルフ場の造成工事を完成させた上、昭和四八年七月二五日、東コース、中コース、西コース(二七ホール)を有する本件ゴルフ場を開設した。上告人らは、同社と会員契約を締結し、又は本件ゴルフ場の会員から同社の承認を受けて会員権を譲り受けることにより、本件ゴルフ場の会員たる地位を取得した。上告人らが同社に対して有していた会員としての権利の内容は、(一) 本件ゴルフ場の開業日に非会員よりも優先的条件かつ優待的利用料金でゴルフコース及び付属施設の一切を利用する権利、(二) 第一審判決添付会員権目録の「入会日」欄記載の日から一〇年間の据え置き期間経過後に同目録の「入会金金額」欄記載の預託金の返還を請求する権利、(三) 会員権を第三者に譲渡する権利である。
2 株式会社モーリーインターナショナルは、昭和六二年九月二一日、大日本ゴルフ観光から本件ゴルフ場の営業を譲り受け、同社の会員に対する権利義務を承継した。被上告人は、平成四年三月二日、モーリーインターナショナルから同月三一日現在の本件ゴルフ場の営業を譲り受け、同社の会員に対する権利義務を承継した。
3 本件ゴルフ場は、谷筋を埋めた盛土に施工不良があること及び盛土の基礎地盤と切土地盤に存在する強風化花こう岩のせん断強度が小さいことから、被圧地下水のわき出しなどにより、のり面の崩壊が生じやすくなっており、開業以来度々のり面の崩壊が発生していた。
本件ゴルフ場は、平成二年五月に、同元年九月から閉鎖されていた中コースの一部と営業中であった東コースの一部ののり面が崩壊し、応急措置としての復旧はされたものの、それ以前におけるのり面の崩壊状況とあいまって、営業が不可能になった。モーリーインターナショナルは、同二年五月末日にすべてのコースを閉鎖し、同年六月一日から本件ゴルフ場の全面改良工事に着手した。兵庫県は、平成二年五月二二日から同三年六月三日まで四回にわたり、本件ゴルフ場に対して防災処置をとるよう要請していた。
4 本件改良工事の内容は、(一) 降雨時に上昇した地山の地下水が盛土内に進入してもこれを速やかに排除できる岩砕盛土、地下排水管、地表面排水の構造とすること、(二) せん断破壊に強い材料を盛土材料として使用し、全体構造としてすべりに強い盛土体とし、土砂盛土内にせん断抵抗力の大きい岩砕盛土を盛土規模に応じ複数箇所に設けること、(三) 旧盛土箇所の崩壊土砂及び軟弱土の排土と岩砕盛土、地下排水管、地表面排水工、排水井等による修復工事を実施するというものであり、これらとともにクラブハウスの建築を含まれていた。本件改良工事にかかった費用は、右クラブハウスの建築も含め、約一三〇億円である。
5 上告人らは、既に預託している預託金以外には、多額の費用を要した本件改良工事後の本件ゴルフ場を使用するための新たな預託金などの経済的負担を負うことを拒否している。
三 原審は、前記二の事実関係に加えて、さらに、(一) モーリーインターナショナルは、大日本ゴルフ観光から営業を譲り受けた時点において、本件ゴルフ場について、のり面崩壊に対する防災処置を施す必要が生じることを予見していなかったとはいえないが、本件改良工事のような大規模な防災処置を施す必要が生じることまでは予見しておらず、かつ予見不可能であった、(二) 本件改良工事及びこれに要した費用一三〇億円は、本件ゴルフ場ののり面崩壊に対する防災という観点からみて、必要最小限度のやむを得ないものであった、(三) 大日本ゴルフ観光は、昭和六二年一一月の時点において既に営業実態のない会社になっており、その資産状態も明らかでなく、同社に対して本件改良工事についての費用負担を求めることは事実上不可能である、と説示した上、右事実関係及び前記二の事実関係を総合すると、上告人らに対し本件ゴルフ場の会員資格のうち施設の優先的優待的利用権を当初の契約で取得した権利の内容であるとして認めることは、信義衡平上著しく不当であって、事情変更の原則の適用により上告人らは右優先的優待的利用権を有しないと解すべきであると判断し、上告人らの請求を認容した第一審判決を取り消して、右請求を全部棄却した。
四 しかしながら、上告人らの請求を棄却すべきものとした原審の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 上告人らと大日本ゴルフ観光の会員契約については、本件ゴルフ場ののり面の崩壊とこれに対し防災措置を講ずべき必要が生じたという契約締結後の事情の変更があったものということができる。
2 しかし、事情変更の原則を適用するためには、契約締結後の事情の変更が、当事者にとって予見することができず、かつ、当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであることが必要であり、かつ、右の予見可能性や帰責事由の存否は、契約上の地位の譲渡があった場合においても、契約締結当時の契約当事者についてこれを判断すべきである。したがって、モーリーインターナショナルにとっての予見可能性について説示したのみで、契約締結当時の契約当事者である大日本ゴルフ観光の予見可能性及び帰責事由について何ら検討を加えることのないまま本件に事情変更の原則を適用すべきものとした原審の判断は、既にこの点において、是認することができない。
3 さらに進んで検討するのに、一般に、事情変更の原則の適用に関していえば、自然の地形を変更しゴルフ場を造成するゴルフ場経営会社は、特段の事情のない限り、ゴルフ場ののり面に崩壊が生じ得ることについて予見不可能であったとはいえず、また、これについて帰責事由がなかったということもできない。けだし、自然の地形に手を加えて建設されたかかる施設は、自然現象によるものであると人為的原因によるものであるとを問わず、将来にわたり災害の生ずる可能性を否定することはできず、これらの危険に対して防災措置を講ずべき必要の生ずることも全く予見し得ない事柄とはいえないからである。
本件についてこれをみるのに、原審の適法に確定した前記二の事実関係によれば、本件ゴルフ場は自然の地形を変更して造成されたものであり、大日本ゴルフ観光がこのことを認識していたことは明らかであるところ、同社に右特段の事情が存在したことの主張立証もない本件においては、事情変更の原則の適用に当たっては、同社が本件ゴルフ場におけるのり面の崩壊の発生について予見不可能であったとはいえず、また、帰責事由がなかったということもできない。そうすると、本件改良工事及びこれに要した費用一三〇億円が必要最小限度のやむを得ないものであったか否か並びに大日本ゴルフ観光に対して本件改良工事の費用負担を求めることが事実上不可能か否かについて判断するまでもなく、事情変更の原則を本件に適用することはできないといわなければならない。
4 また、前記二及び三の事実関係によっても上告人らの本件請求が権利の濫用であるということはできず、他に被上告人ら権利濫用の主張を基礎付けるべき事情の主張立証もない本件においては、右権利濫用の主張が失当であることも明らかである。
五 原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであって、論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく原判決中上告人らの請求に関する部分は破棄を免れない。そして、以上の説示によれば、上告人らの請求を認容した第一審判決の結論は正当であるから、右部分については被上告人の控訴を棄却すべきである。よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信 裁判官山口繁)
上告代理人芝原明夫、周水田利裕、同金髙好伸の上告理由
第一、 はじめに、
一、 原判決はあまりに杜撰な判断であり、以下に述べるように理由齟齬・理由不備・審理不尽もしくは証拠によらずに事実を認定した違法があり、又、経験則及び採証法則にも違背し、更に判例違反等の数多くの違法な点が存在し、これが判決主文に影響を及ぼしていることが明らかである。よって、原判決の破棄は免れないものである。
二、 本件事案の概要は以下のとおりである。
1. 昭和四八年、二七ホールの阪神CCがオープンし、上告人らはそのクラブの会員権を取得し、会員となった。コースは、標高約六〇〇メートルの山の頂上尾根付近を造成したもので、度々崖の崩壊が起こっていたが、その度に補修されていた。
2. 昭和六二年、国内に七コース国外に四コースのゴルフ場を経営するアイチグループが、阪神CCを買収した。当初三六ホールへ九ホールの増設を計画し、次いで九ホールを減少させて一八ホールとする計画を建てた。阪神CCの旧会員は預託金を返還して退会させることとし、一八ホールの高級ゴルフクラブとして、新会員を二五〇〇万円(募集予定一〇〇〇名・合計二五〇億円)で募集することとした。その改修費として一三〇億円かかったとするが、実際にはかかっていない。
3. 大日本ゴルフ観光株式会社(以下、大日本ゴルフ観光という)から第一審相被告モーリーインターナショナル株式会社(以下モーリーインターナショナルという)へ、モーリーインターナショナルから被上告人へと旧阪神CCの会員を引き継いだものの、退会しない会員に対しては二〇〇〇万円の移行保証金を出さない限り会員権の行使は認めない、とした。
4. 一八ホールへの改修は、平成六年二月に終了したが、クラブハウスは未だ建設せず、新会員募集も一二五〇万円と半額に下げているが、旧会員に対しては、何らの通知もなされていない。
三、 以上の概要で本件事案の有する論点は、以下のとおりである。
1. ゴルフ会員権といわれるものの内容は、①優先優待プレー権・②預託金返還請求権・③会員権譲渡権に大別できるが、一審判決は全て認容したのに対し、原判決は全て否定した。被上告人が②及び③については争っていないにも拘らずである。原判決は全て否定する理由を特に付していないが、これは認められるのであろうか。
2. 事情変更の原則について、その要件の一つ「責に帰すべき事由の不存在」が原判決では判断されていない、とみられるが、かかる解釈は認められるであろうか。
3. 同じく要件の一つである「予見可能性」について、本件ゴルフ場が山の頂上付近に造成され、その造成工事を行なった大日本ゴルフ観光における崖の崩壊という予見は、営業譲渡によって断ち切られるのであろうか。原判決は、第一承継時予見しておらず、予見しえなかったとするが、契約の成立は大日本ゴルフ観光と上告人らとの間である筈である。
かかる原判決の解釈は、認められるであろうか。
4. 同じく要件の一つである「必要性」について、原判決は改良工事には約一三〇億円かかったと認定し、それが必要最小限度のやむをえない工事費用であると評価するが、採証法則上正しい認定であろうか。とりわけ有名である黒川紀章に依頼したクラブハウスの建築がいかなる意味で必要最小限度となるのか何らの理由も付されていない。
この必要性の判断では、「弁論の全趣旨」が九ヶ所にも亘って使用されているが、かかる原判決の認定は許されるものであろうか。
5. 原判決では、「弁論の全趣旨」が一二ヶ所にも亘って使用している。
これは、とりも直さす事情変更の原則を適用するにあたって主張並びに証拠が不足していることを示している。過去の事情変更原則の判例と比較しても、原判決の誤りは明白であり、最高裁判所において事情変更の原則の解釈と、それを適用する事実について明確な判断が必要とされるものである。
第二、 会員権地位確認の全面棄却は、理由齟齬・理由不備である。
一、 上告人らは、ゴルフ場会員資格の確認を求め、一審判決は①施設の優先的優待的利用権(優先優待プレー権)・②預託金返還請求権・③会員権譲渡権を内容とする資格、を有することを認めた。
被上告人は①優先優待プレー権については、ⅰ事情変更の原則の適用・ⅱ権利の濫用、によりこれを争ったが、②と③の権利並びに資格は上告人らに認めた。被上告人は平成五年一月二二日付被上告人準備書面第一、五で「施設優先的優待的利用権の『無条件』承認の事実を否定し、その余は認める。」としていた。併合された後発事件平成四年(ワ)第一一一〇五号・平成五年(ワ)第二八六四・一〇〇〇二号も同じ答弁である。
したがって、一審判決は①に関する被上告人の抗弁事由の存否を検討し、いずれも事由がないとして上告人らの請求の①の権利を認め、②③は争いがない、として①②③の権利資格を内容する会員権を確認したのである。
二、 被上告人は、一審判決に対し、控訴して「原判決を取り消す。被控訴人ら(上告人ら)の請求を棄却する。」ことを求め、原判決はこれをそのまま認めた。被上告人は、会員権の内容たる前項②③の権利資格が存することを認めていたものであって、これは自白に該たるものである。この自白は撤回されていない。さすれば、原判決は前項②③の権利資格について控訴を棄却すべきである。
原判決理由中第三項2には、「被控訴人らに対し、本件ゴルフ場の会員資格中の『施設の優先的優待的利用権』を、当初の契約で取得した権利の内容であるとして認めることは、信義衡平上著しく不当と認めるのが相当である(いわゆる事情変更の原則が適用される。)」とあり、原審裁判所が前項①の権利を想定していると考えられるが、判決主文は、「被控訴人ら(上告人ら)の請求を棄却することとする」となっている。その間の理由中に前項②③の権利・資格についての判断は一切ない。
三、 これは明らかに民事訴訟法第三九五条第一項六号の「判決に理由を附せず又は理由に齟齬あるとき」に該当するもので、原判決は破棄されるべきである。
被上告人の第一項の準備書面による自白は、民訴法第二五七条の自白であり、これらの権利・資格の確認を棄却した判決は、明らかに判決に影響を及ぼす法令違背(民訴法三九四条)ともいわねばならない。
第三、 事情変更の原則の適用条件――責に帰すべき事由について、
一、 事情変更の原則の適用について、通説・判例は、当事者の一方の履行遅滞中に事情の変更が生じたとき、その当事者が事情変更を主張することはできないとし(最判昭和二六年二月六日民集五巻三号三六一頁、同昭和二九年二月一二日民集八巻二号四八四頁)、事情変更の原則が適用されるためには、事情変更が当事者の責に帰すことの出来ない事由によって生じたことが必要であるとする(注釈民法(13)四八頁から四九頁)。
二、 この主張は、上告人らが第一審でその平成五年七月一日付準備書面三枚目裏から四枚目裏にかけて主張しているところである。すなわち「1、ゴルフ場を開設するものは、会員に対して瑕疵のないゴルフ場を開設・維持する義務を負うことは争いがないところである。2、そして、本件法面崩壊の素因として、被告自らが第一番目に谷筋を埋めた盛土の施工不良と盛土度の小さい点を挙げている。これは明らかにゴルフ場造成上の瑕疵である。3、被告等は自らも自認するように阪神CCの母体会社である大日本観光の営業等一切の譲渡を受けており、ゴルフ場造成上の会員に対する右義務違反の責も当然会員に対して負うものである」として、本件は事情変更が当事者の責に帰することの出来ない事由によって生じたケースではないと主張した。しかるに、原判決は、何故かこの点について何等の判断もしていないのである。これは明らかに審理不尽であり、右に挙げた二つに最高裁判所の判決にも反することである。高等裁判所の判決において、このような重要な点の判断を遺漏したということは、信じられないことである。
三、 1. この「事情変更が当事者の責に帰すことの出来ない事由による」という要件に関して、「当事者」とは、本件においては被上告人(又はモーリーインターナショナル)ではなく、大日本ゴルフ観光である。なぜなら、上告人ら(上告人が原始会員ではなく承継会員であるときは原始会員である譲渡人)が入会契約を締結した相手方は大日本ゴルフ観光であり、元々の契約当事者につき本来帰責事由を判断すべきであるところ、本件においては第一承継、第二承継とゴルフ場経営主体が変更されているが、これらはいずれも上告人らを含めた会員の承諾も得ず会員とは全く無関係になされたものであり、これら上告人らに全く無関係な経営主体の変更により上告人らの権利が不利に取り扱われることは許されないからである。
2. この様に、大日本ゴルフ観光について責に帰すべき事由の存否を判断すべきとして、本件の法面崩壊の原因が大日本ゴルフ観光の防災対策工事の不十分さにあったとの点について当事者間に争いがなく、大日本ゴルフ観光に帰責性が存することは明らかである。
3. そして、本件第一承継の際に、モーリーインターナショナルは大日本ゴルフ観光が会員に対して負担している権利義務を承継し、また、モーリーインターナショナルと同じアイチグループの一員であった被上告人も、本件改良工事着手後の平成四年三月二日、自らが負担すべき右工事費用等を認識しつつ、モーリーインターナショナルから第二承継を受けたものであるから、上告人らが大日本ゴルフ観光に主張し得る事由はモーリーインターナショナル及び被上告人に対しても当然主張できるものである。
4. 実質的にみても、本件ゴルフ場の営業を承継した被上告人は、会員である上告人らに対してゴルフ場が利用できるように維持管理すべき義務を負っているのであり当然防災対策用の費用を負担すべきであって、自社の購入時の判断ミスにより、予想より多額の費用が必要になったからといって、従来からゴルフ場の施設優先優待利用権を有していた会員にその同意を得ることなく費用を負担させる理由は存在しないからである。
5. 猶、大日本ゴルフ観光と上告人らとの間のゴルフ会員権契約の内容として考えられる甲第六号証「阪神カントリークラブ会則」には、追加保証金を認める規定は存在しない。
四、 以上から、本件の事情の変更は、被上告人の責に帰すべき事由によるものであるから、本件に事情変更の原則が適用されるべきではない。
第四、 事情変更の原則の適用条件――予見可能性について
一、 原判決の判断
原判決は、予見可能性について「…、第一承継当時、モーリーインターナショナルにおいて、法面崩壊に対する防災措置を施す必要が生じることを予見していなかったとは言えないが、本件改良工事のような大規模な防災処置を施す必要が生じることまでは予見しておらず、かつ予見しえなかったと認めるのが相当である。」と判示する。
二 原判決への反論(一)
1. 原判決は、予見可能性の主体をモーリーインターナショナルとしている。しかし、それは誤まりである。その主体は大日本ゴルフ観光であり、同社を主体として予見可能性を判断すべきである。その理由は、本書面の第三、三において主張したとおりである。
2. 本件に先行して、別の阪神CCの会員二名が地位確認訴訟を行なっており、やはり第一審判決で勝訴し、大阪高裁では被上告人の控訴が棄却されている(後出甲第一九号証)。
その控訴棄却の理由は正当にも以下のとおり述べられている。
「本件ゴルフ場は、昭和四七年竣工した当時から防災工事、防災対策が不十分であったため、竣工後間もないころから多数回にわたり法面崩壊等が発生しており、したがってその当時に大日本ゴルフ観光において原因の調査をしていれば、その素因(竣工後生じた素因とはいえない)が判明し、ひいては根本的な対策を講じなければ、いずれ大規模な土砂崩れ、地滑り等の崩壊が発生してコースに被害が生じ、全面的な防災工事を施さなければならない状態になることは予見できたものと認めるのが相当である。そうすると大日本ゴルフ観光は、被控訴人らと本件入会契約をした昭和四七年一月当時本件ゴルフ場が右のような状態になったことについて予見できたものというべきであるから、本件においては事情変更の原則の適用はないというべく、右原則を適用して契約内容が追加預託をするよう改訂されるべきであるとの控訴人らの主張は採用できない。」
3. 仮に、予見可能性の主体が大日本ゴルフ観光ではなくモーリーインターナショナルであるとしても、原判決は右のような判断の結論を記載しているだけであり、その結論を導き出す理由を全く示しておらず、理由不備の違法がある。
三、 原判決への反論(二)
1. 又、原判決は、モーリーインターナショナルは「既設のゴルフ場の買収経験も豊富であったものと推認されるのであるから、本件第一承継に際して、本件ゴルフ場の現況について詳細な調査がなされていると考える余地がないとはいえないが、右は単なる推測の域に止まるものであり(全証拠によっても、右詳細な調査がなされている事実を認めるに足りない)」と判示している。
2. しかし、右原判決の判示は経験則に反する不合理な判断である。すなわち、
(1) 第一に、原判決が正当にも認定しているように、モーリーインターナショナルは既設のゴルフ場の買収経験が豊富なのである。第一審第八回三鈷証人は、国内七ヶ所のうち五ヶ所、国外四ヶ所を買収したとしている(二九丁〜三一丁)。
第二に、モーリーインターナショナルは本件ゴルフ場を譲渡代金二八億円及び入金預託金一八億円の債権の免責的引受の合計四六億円もの高額で購入しているのである(乙第二八号証の一)。
第三に、第一審判決が認定しているように、乙第二八号証の一(本件第一承継の契約書)の第一一条には、「甲(大日本ゴルフ観光)が西コース七番ボールに於いて施工中の地滑り防止工事については、…工事費用は甲が負担することを約する」との記載があり、本件第一承継に際し、モーリーインターナショナルは大日本ゴルフ観光との間で本件ゴルフ場に地滑り箇所が存在することを前提として、その工事費用は大日本ゴルフが負担することの約定を取り決めているのである。
第四に、甲第一号証(本件第一承継に際して、大日本ゴルフ観光が会員に送付した案内状)には、「当社は開場以来、幾多の自然災害を克服し…」との記載があり、甲第二号証(本件第一承継に際してモーリーインターナショナルが会員に対して送付した案内状)が送付されたのと同一の機会に送付されたものであることから、右事実は譲渡当事者であるモーリーインターナショナルにおいても知るところであったのである。
(2) 右の諸事実から、モーリーインターナショナルが第一承継に際して本件ゴルフ場の現況について詳細な調査をしていると判断することが経験則に沿う判断である。
3.(1) 又、右(1)の第一から第四までの諸事実を総合すると、モーリーインターナショナルは本件改良工事を少なくとも予見し得たものである。すなわち、同人は既設ゴルフ場の買収経験も豊富であり、本件売買はゴルフ場という特殊なものの購入で、それも四六億円という高額の売買であり、乙第二八号証の一の第一一条から地滑り箇所及び地滑り防止工事が現に実施されていることも承知し、甲第一号証にも自然災害が過去に多く生じていることも記載されている。このような事実が存在するのにもかかわらず、本件改良工事の必要性が予見し得るものではなかったとすることは、経験則に大きく違背するものである。
(2) 又、仮に、モーリーインターナショナルが、本件において詳細な調査をしなかったため本件改良工事を予見してなかったとすると、不注意で軽率な者の方が法的保護を与えられることとなり、全く不合理である。すなわち四六億円という高額で、ゴルフ場という特殊な物件を購入する者は詳細な調査をして購入すべき義務があり、右義務に違反し詳細な調査をなさずに購入したモーリーインターナショナルは予見しなかったことに過失があり、本件改良工事を予見し得たものと看做すべきであり、これは予見可能性が存在したと解すべきで、ここにも法令解釈の誤りが存する。
第五、 事情変更の原則の適用条件――必要性について、
一、 原判決の判断
1. 原判決は、本件改良工事の必要性について「…、本件改良工事とこれに要する右費用が、本件ゴルフ場の法面崩壊に対する防災という観点からみて、必要最小限度のやむをえない工事及び費用であると認めるのが相当である。」と判示する。
2. そして、その理由として、
(1) 平成二年五月以前に生じていた法面崩壊状況と平成二年五月の崩壊とが相まって、その営業を不可能にしたと認められる。
(2) 平成二年五月の法面崩壊の大半は修復され、全面閉鎖されるまでは営業されていた事実が認められるが、これは応急措置にすぎず、(1)の認定を妨げるものではない。
(3) モーリーインターナショナルは、本件改良工事の開発許可申請を行った平成二年一月末頃には二七ホールを一八ホールにするという本件改良工事の実施を決定していたことを認めることができるが、平成二年五月の法面の崩壊とそれ以前の法面崩壊とが相まって、本件ゴルフ場の営業を不可能にしたのであるから、本件改良工事の右実施決定があるからといって、平成二年五月の法面崩壊が本件改良工事と無関係であったとすることにはならない。
(4) 本件改良工事は、崩壊の原因を除却するために有効な工事であったことは認められる、
(5) 本件改良工事にかかった費用は一三〇億円であり、大規模な工事であった。
(6) モーリーインターナショナルは、昭和六三年初め頃、三六ホールまで拡張しようとの意向を有していたと認められるが、その話は関係者が多いため中断され、本件改良工事とは別のものであり、モーリーインターナショナルが三六ホールに拡張する意向をもっていたとしても、本件改良工事が法面崩壊に対する防災という目的だけでなく、コース改造という営業政策上の目的を兼ねていたと認定することはできない。
とする。
二、 原判決への反論(一)
1. しかし、本件改良工事及び費用は、本件ゴルフ場の法面崩壊に対する防災という観点からみて、必要最小限度の止むを得ない工事及び費用ではない。本件改良工事には、コース改造という営業政策上の目的を兼ねていたことは明らかである。
なぜならば、
2. 被上告人側の証人である小川征彦証人ですら、
問 それから、もう一つの控訴人の方からの依頼があったんじゃないですか。
答 この現在ある二七ホールを防災工事を含めて改修して、何とかならないかというような話がありました。
問 補修ですか。改修とおっしゃったけど。
答 改修というか、今現在のコースがもうちょっとよくならないだろうかというようなことで。
と供述しており(同人調書八丁表)、防災工事とは別個に現在のコースをもう少し良くする工事の依頼があったことを認めているのである(この点についての右問答以降の問答は、明らかに誘導尋問であり、証拠価値はない)。
3. 又、原審は、平成二年五月以前の法面崩壊と平成二年五月の法面崩壊とが相まって営業不能となったと認定し、平成二年五月以前の法面の崩壊だけでは営業可能であったということを認めている。しかるに、モーリーインターナショナルは、営業可能であった平成二年一月末段階で本件改良工事の開発許可申請を提出しているのである。そして、原審も認定しているように、本件改良工事は二七ホールを一八ホールに変更するという大規模な工事であり、本件ゴルフ場を全面閉鎖しなければ実施出来ない工事であることは明らかである。
よって、モーリーインターナショナルは、平成二年一月末の段階で、その段階では営業可能であったにもかかわらず、全面閉鎖して本件改良工事を実施する意向をもっていたのである。
このような場合、単純に防災上の必要性からだけで本件改良工事を実施したとは考えられず、当然、本件コースを良くするコース改造という営業政策上の目的を含んでいたことは経験則上明らかである。
4. 又、本件改良工事はクラブハウスの建築も含めているが、必要最小限度の工事であるならば、すでに存在していたクラブハウスを壊してまでして新しいクラブハウスを再築するような計画をする筈がない。又、クラブハウスだけで三五億円もの巨費を投入し、その上、黒川紀章という超一流の設計士にそのクラブハウスの新築の設計を金二二九、七七〇、〇〇〇円で依頼しているのである(乙第六号証)。
これが、防災のための必要最小限度の工事と言えるであろうか。そのようには絶対に言えないものである。右は明らかに本件ゴルフ場のグレードアップを図り、高額の預託金を集めるための営業政策上のものであることが経験則上明らかである。
5. 又、原審も認定しているように、仮に中断したとしても、本件ゴルフ場を購入した昭和六三年頃には、モーリーインターナショナルは三六ホール拡張の意向をもっていたのである。更に、右モーリーインターナショナルは金融業者『アイチ』のグループの一員なのである。このような者が、営業政策上の目的を全く持たず、法面崩壊の防災だけを目的として一三〇億円もかけて必要最小限度の工事しか実施しなかったと認定することは明らかに経験則に違背するものである。
三、 原判決への反論(二)
1. 更に、原判決は本件改良工事にかかった費用を約一三〇億円とする。
しかし、訴外東急建設株式会社の工事代金は、その内八五億円にすぎない(乙第四号証)。原判決が認定した一三〇億円には、右八五億円以外にクラブハウス等の建築費三五億円(上告人の平成六年六月三日付準備書面五、2)、株式会社黒川紀章建築都市設計事務所に対する右クラブハウスその他新築工事設計業務代として金二二九、七七〇、〇〇〇円(乙第六号証)、コース監修費と思われる外国為替計算書・仕向外国送金計算書の合計金一〇二、二二九、四八九円(乙第九号証の一乃至同号証の五)も含まれているのである。そして、右東急建設に対する八五億円の内、現実に支払っているのは僅か金一、七七〇、八五八、一一四円にしかすぎないのである(乙第八号証の一乃至同号証の一七)。
それに対し、被上告人が計画していた新規会員の募集金額は一口二五〇〇万円が一、〇〇〇口であり(甲第一七号証の二)、なんと合計金二五〇億円となるのである。
右のような実態を素直に直視すれば、本件改良工事の目的の大半が、営業政策上のコース改造であることは明らかである。
2. 以上の諸事情から、本件改良工事及び費用が法面崩壊に対する必要最小限度の止むを得ない工事及び費用ではなく、クラブハウス新築・コース改造による新ゴルフ場をオープンするとの営業政策上の目的が中心の工事であることが明らかであり、本件改良工事が法面崩壊の防災という見地からして必要最小限度の不可欠なものであるということは言えないものである。
3. 原判決が、被上告人の営業政策してのコース改造による高級ゴルフクラブ経営を有していたことを否認したことの経験則違背は、後出の甲第一七号証・甲第一八号証で明らかである。
すなわち、新規会員の募集に際して、平成三年八月ころのパンフレットが甲第一七号証・甲第一八号証であるが、それにはアイチグループが有する国内・国外のゴルフ場の紹介と共に、募集要領として「二五〇〇万円(入会金五〇〇万円、預託金二〇〇〇万円)、最終会員数一〇〇〇名」(甲第一八号証の三)とあり、順調に新規会員が加入すれば、合計で二五〇億円が集められることになっていたのである。
これが、本件改良工事の目的であり、被上告人(モーリーインターナショナルも含め、アイチグループ)の営業政策である。
第六、 大日本ゴルフ観光について、
一、 事情変更の原則の適用の要件の一つとして、「事情変更の結果、当初の契約内容に当事者を拘束することが信義則上著しく不当と認められること」が挙げられている。
二、 この点について、上告人らは、同人の平成五年七月一日付準備書面四枚裏から五枚目にかけて、「事情変更による損失があるのならば大日本ゴルフ観光に対して錯誤・瑕疵担保・不実全履行等を原因として法的責任を追及すべきであって、上告人らにその負担を強いるべきではない」と主張した。
三、 原判決は、上告人らの右主張に対し、昭和六三年一一月時点で大日本ゴルフ観光がいわゆるペーパーカンパニーになってしまっているため、現実に財産的給付を得ることは不可能であるので、上告人らに負担を強いることができるという。
四、 しかし、
1. 第一に、大日本ゴルフ観光は一八億円もの預託金返還債務を免れ、かつ昭和六二年九月二一日に金一三億円を取得しているのである。又、代表取締役を共通にしている関連会社である榊原観光株式会社も同時に一五億円を取得し、合計二八億円もの大金を取得しているのである(乙第二八号証の一・二、同二九号証、同三〇号証の一・二)。
それが、僅か一年二ヶ月後に全く資産のない会社になるであろうか。
2. 第二に、乙第二八号証の一から明らかなように、大日本ゴルフ観光の保証人に、その代表取締役である森岡輝嗣個人がなっている。乙第一六号証、同人の住所・電話とも明確に記載されており、同人は行方不明ではないのである。
五、 右より、原判決のこの点の判断が経験則に反してあまりにも短絡的であり、恣意的なものであることが明らかである。
右に詳述したところから、本件事案に事情変更の原則を適用することが誤まりであることは明白である。
(添付書類省略)